サラエヴォのラテン橋(プリンツィプ橋)とサラエヴォ博物館

o0548041112580664977ミリャツカ川にかかる橋の中でも
特にキレイな石の橋であるのが

「ラテン橋」

o0548041112580667671橋の付近には、サラエヴォ博物館があります。

o0548041112580668812この博物館では、1878年に
ボスニア・ヘルツェゴヴィナが

オーストリアに併合されて、
人々の暮らしがいかに変わったかを紹介。

また、サラエヴォ博物館前で起きた
暗殺事件についても、説明がされています。

o0411054812580669950ここが第一次世界大戦のきっかけとなった暗殺現場。

o0548041112580671019ボスニアを統治していた
オーストリア=ハンガリー帝国の
フランツ・フェルディナント皇太子夫妻が

1914年6月28日に青年ボスニア党の
セルビア人青年である

ガブリオ・プリンツィプに
この場所で狙撃されてしまいました。

o0548041112580673742暗殺された日に行われていた
パレードの様子を記録した写真。

o0548041112580664977現在はラテン橋の名前で通っていますが、
この橋は暗殺現場に近いため、

一時は狙撃犯の名前を取り

「プリンツィプ橋」

とも呼ばれていました。

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