パリのアンリ4世

1セーヌ川沿いのシテ島の先にある
アンリ4世の騎馬像。

ユグノー戦争で叔父コンデ公ルイ
が戦死してしまったため

アンリ4世は年少のうちからユグノー
(フランスのプロテスタント)
の盟主となりました。

それを面白くないと
考える人もいるわけで

よくある話というか

1572年に、自身の婚礼に際して
企てられたサン・バルテルミの
虐殺に遭遇します。

しかし、改宗して難を避けた後、
1576年に脱走して
再びプロテスタントに復帰。

その後、1589年のアンリ3世の暗殺により
王位を継承することになりました。

王位を継承してからはカトリックに改宗して
国内を平定し、1598年にナントの勅令を発布して

カトリックとプロテスタントを
行ったり来たりしたアンリ4世だからできた?

カトリックとプロテスタントとの
国内融和に努め、40年近くにわたる
戦争を終結させました。

しかし、1610年に狂信的な
カトリック信者によって
暗殺されてしまいます。

アンリ4世は在位中から
現代に至るまで

フランス国民の間で
人気の高い王の一人ですが

今も、パリの町並みを
静かに見守っています。

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