古代カルタゴの中心だったビュルサの丘

1チュニジアにある
世界遺産のカルタゴ遺跡。

2古代ローマが、まだまだ
発展途上だった時代に、

すでに大国として名の
知れていたカルタゴ。

2800年前には、町が建設されて
いたというから驚きです。

海上貿易や農業で栄えた
カルタゴですが、

次第に勢力を広げるローマとの
戦いは避けることができずに、

第一次ポエニ戦争
第二次ポエニ戦争
第三次ポエニ戦争

とローマとの戦いが続き、
最後はカルタゴは負けてしまいます。

3その際、ローマの軍人の
スキピオの指示により、

カルタゴが再び復活することの
ないように、

市民は虐殺、徹底的に
町が破壊されました。

当時貴重であった塩まで
地面にまかれ、

作物も出来ないように
されたほどです。

4誰も住まなくなったカルタゴも、
その後、ローマの都市計画に
沿った植民地として開発。

カルタゴのビュルサの丘の
遺跡には、ローマに滅ぼされた

フェニキア人の町の上に、
ローマの建物が建てられました。

5そのため、

下層部にはカルタゴの遺跡、
上層部にはローマの遺跡

と階層により遺跡の種類が
異なるのが特徴です。

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